NOTE

縁と緑を深めること
2020.12.31

環境の変化と”縁”を深めること

大きな転換期のような1年でした。人に会えないからこそ、より人を大切にしたいと再認識、それぐらい環境の変化が著しい1年でした。もちろんこの状況なので不本意なことはあるものの、家族との時間、心をニュートラルにしておくための余白を大切にすること、その余白が人の関係性を育み深めることに改めて気付いたこと、また自身のあり方を見直すには丁度良いタイミングでした。により僕たちの暮らしは築かれています。人間、空間、時間を包括するものは、常に自然の中に存在し、これら3つの要素に自然である緑を身近に付加することで、これらのはより深みを帯びていくということも再認識できたのです。

新型コロナウイルスを経ながら

世間では新型コロナウイルスCOVID-19が猛威を奮い、僕たちも小規模ながらその波を大きく受けることになり、公私共に何もかもがストップしました。BtoBBtoCなど様々なカタチで仕事を受ける中、外出がベースとなっていた動き方も180度様変わりし、屋内での仕事がベースとなりました。

とはいえ、僕たちはデザインするとき、外でも中でも関係なく頭で思考を巡らせることができるのですが、基本的に現場での打合せは基本的に赴くことが多いので、外との関係は切り離せません。ただ状況が状況だけに試行錯誤ではあるが、できる範囲でオンライン対応とすることで、直接の対面時間を削減し、また往来時間を短縮する術を身につけることができました。まだまだ不慣れですが、感情の機微や空気を読み取っていくために訓練中です。

第1子の誕生と親という目線

そんな中、妻のお腹では第一子の娘がすくすくと順調に大きくなり、4月末に無事出産を迎えました。立会いをしたかったのですが、緊急事態宣言が発令されたつらいタイミング。ということで陣痛室までの立会いまでで、出産時は叶いませんでした。ただ、あの叫び声と血の話を聞いてしまうと、立ち会わないほうが良かったのでは??と後から思うことも多々。。とにかく元気に生まれてくれたことが本当に嬉しく、家族が1人増えたんだという実感を覚えました。大きく環境が変わりました。

それから約1週間後に産婦人科を退院。2人の暮らしは劇的に娘中心の暮らしにシフトしました。今現在でも共通項はあるけれど、子育てされている人に怒られそうですが、なかなか大変です。。2時間〜3時間おきに泣くし、沐浴で肩と腰がやられるし、うんちとおしっこをかけられるし、何故泣いているのか理由がわからないこともあるし。義母が足を運んでくださったおかげで最初の1ヶ月は乗り越えることができました。年の功すごいぃ、、となりながらも、自分の親も同じことを体験してきたんだと親への目線も良い意味で変化しました。実感してこそ変わるものもありますよね。

家族、そして人間、空間、時間のあり方

このようにコロナにより、妻と子どもと接する時間が劇的に増えました。これまで移動時間に費やしていた余剰が家族との時間に充てがうことができるようにもなりました。この慌ただしくもささやかな暮らしの中で、家族や人のあり方、建築・空間のあり方、そして時間のあり方を改めて再確認する機会を得られました。

人のあり方。人と人の間にはどちらが高い低いもないけれど、何かしらの差は存在しています。生きてきた境遇が全く違うものなのだから当然のことですよね。経験してきたことも各々全く違う。もちろん近い価値観を持った人同士が感情を行き交わせやすいというのはあるが、それでも何かしらの間()があります。

空間にも同じことが言えます。人は自然の一部として存在していて、人は生きるために暮らしの場所、空間を作っています。人が生まれるよりも前から自然は存在するので、人為的行為は不自然に当たるのは明らか。僕は恩師から、建築を作ること自体が矛盾する行為だと教わっていて、その思想は今も僕の根底に流れています。自然の一部を削り、いただいて、建築を行う。それにより、中と外という分断された関係性、間()生まれる。上記の人と人との関係性と同じことが言えます。

時間でも同じことです。ここは長くなります。生きてきた世代により、背景の違いにより考え方も全く異なります。若者と年長者のような関係性はわかりやすいかもしれません。僕は地元の商店街で朝ごぱん市という朝市を運営する立場にあるのですが、商店街の方々のお話を伺っているとよりその実感を持ちます。普段接している職人さんも年齢が近い方はいるものの、基本的に年配の方が多いため、会話をするとやはり実感します。僕たちの考えが及ばないところの意見や知恵をくださるし、それが特に悪いことだとも思わないのですが、やはり時間による価値観の差というものは大きく存在します。

建物においても、江戸、明治、大正、昭和戦前、昭和前後で全く異なります。特に昭和の戦前戦後での差は大きいものです。高度成長期による経済活性と人の急増に合わせ、住宅を量産する体制に入ったことから、建物は建てやすさ・コスト面で大きく簡素化されていきました。戦後、焼け野原になった山には、将来的に建材として利用するための真っ直ぐ伸びる針葉樹スギ、ヒノキがたくさん植えられました。ただ、建築業界として輸入に頼り切った木材流通は、価格競争により林業家の母数を減衰させ、山の整備が各地で行われず、人工林が繁茂、土壌への自然光の侵入遮蔽による地盤面の根の衰弱化、地滑りによる土砂災害、土壌の保水性の低下による水害、その対策として大規模伐採によるダム建設。といった自然を使う以前に破壊していくもの。こういった背景が安価な日本の風土と合いづらい外国材を使う要因や精神を生み出しています。また明治以降の西洋を踏襲する文化は現代の日本の住宅の見かけにも大きく影響を与えています。わかりやすいのは歴史ある町並み。老朽化や親族との事情による解体後、歯抜けになった部分に建つ建物と隣地の趣ある建物との間に明確に間()が生まれます。多かれ少なかれ、様々な地域で見受けられる光景かもしれません。

縁を深めることが僕たちの仕事

こういった間()と捉え、縁を深めることが僕たちの仕事だと考えています。①人間=人と人の間、②空間=外と中の間、③時間=時と時の間といった3つの要素を解いていきます。

①暮らしを築きたい人と作り手との間をデザインすること、それはお互いの特色や価値観を丁寧に汲み取りながら、価値共創を生む関係性を作ること。暮らす人、運営する人、使う人、集まる人、皆が気持ちの良い関係性を深めていけるように作ること。

②中と外が一体になる空間をデザインすること。それは誰もが持っている子ども心を呼び起こすこと。子どもの頃、人は無邪気で本能的でした。大人になるにつれ、子ども心は埋もれていきました。子ども心を呼び起こすことが、自分の内なる自然と外なる自然を繋ぎ、ワクワクする風景を創造していく。

③時間による潮流に左右されない、普遍的に、捕らわれない場所をデザインすること。それは古き知恵を踏まえながら、現代にあったカタチに組み換えて落とし込む。周囲の風景を尊い敬いながら溶け込む場所を作ること。

縁に緑を足すこと

これら人間、空間、時間を包括するものは、常に自然の中に存在します。これら3つの要素に自然である緑を身近に付加することで、これらの縁はより深みを帯びていくと僕たちは信じています。

来年1年は、これらをよりブラッシュアップし、良いご提案をしていきたいと思います。来年もどうぞ、よろしくお願いいたします。